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 過去も未来も存在せず、あるのは現在という瞬間だけだ。と言ったのは、ロシアの文豪トルストイである。たしかに時間というのは、実体がない。”何時何分”などというのは、ニンゲンの都合上、数値化したものにすぎない。

 などと偉そうなことを書いているが、先日行った中島義道先生の哲学塾でこの”時間”のハナシを聞いたときに、理屈としてピンとこなかったことを告白しておく。ただイメージはなんとなく沸くから、自分勝手なことは書ける。さっきのもあくまで小生の個人的見解である。

 自分の”過去”の記憶というのは、厳密に言うと過去ではない。あくまで自分という小さな存在が見聞きし感じただけの一面的な場面に過ぎない。そもそも実体がないのだから、全部をみることは不可能であるし語れない。それこそ語れないことについては沈黙するしかないのであった。

 記憶というのは8ミリカメラのようだ。ファインダーから見えるものだけがすべてで、それが現在。過去の記憶はフィルムへ連続的に焼きつけられる。ただ時間が経つとフィルムも劣化していく。

 退色してセピア色になったり、傷がついて雨が降っているように見えたりする。ヘタするとなにが映っているのかわからなくなっていたりする。もちろん未来は写りようもないから、フィルムは真っ黒なまんまなのである。

今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸がつづくかぎり、僕は君のそばにいる。