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(写真メモ)
2018年6月2日 横浜開港祭の花火



 もうなんか疲れてしまった。ぼんやりと不安が見え隠れする。だからといって、いますぐどうこうするわけではないが、死というものに考えがおよぶ。終わりのみえない花いちもんめ。いつも最後まで残ってしまうのに、また同じ遊びをくり返しているその真っただ中で。

 いまからちょうど10年前に弟を亡くした。下宿先で寝ているあいだにそのままいった。職場の同僚が仕事に来ないのを心配して、様子を見にきたら発見されたらしい。簡単な手続きを済ませて、下宿先の片づけをしに行った。

 そこで見たのは、コンビニ弁当の空トレーの山であった。弟は肥満体で野菜を食べない人間であった。そのあとかたづけをしながら正直感じたのは、”うまいことやったな”だった。早すぎる死は無念だったが、死に方としては上出来だった。

 苦しまずに寝ながらそのまま。そしてすぐに会社の人が発見してくれて、腐りもせずに、きれいなままで荼毘に付されて。残されたあとかたづけをする家族に肉体的にも金銭的にも負担をかけなかった。

 いまおもえばあれは、まろやかな自殺だったのだ。もちろん本人は死ぬつもりなんてさらさら無かっただろうけれども。自覚のない自殺行為などというのは、そこらへんにいくらでもあるものだ。死ぬときは、まろやかに死のう。

今日のところはこれまで。ごきげんよう。
この呼吸がつづくかぎり、僕は君のそばにいる。